観光スポット 1


  ワット・プラケオ・ドーンタオ
              
 
   市内地図             観光マップ


ランパーンは、11世紀頃に北部タイ地方の先住民族であるモン族によって築かれ、モン族の王国ハリプンチャイ王国の一都市としての役割りを果たしていた。


13世紀になると、メコン流域のチェンセーンの地に英雄が現れた。タイ族のメンラーイ王である。彼はラオスとの交易によって富と力を蓄えると、栄華を誇っていたモン族のハリプンチャイ王国を滅ぼし、チェンマイの地を都に定めた。「百万の田」を意味するランナータイ王国の建国を宣言したのだ。

 
      建物の前で写真におさまっているのは僕の妻。

 天井の装飾が見事です。 

ランパーンもランナータイ王国の支配を受け栄えていたが、16世紀に入り、国力の落ちたこの王国にビルマ軍が攻め入る。チェンマイ同様にランパーンもまたたく間に席巻され、以来18世紀後半まで、200年以上に渡ってビルマの属国となる。


この寺院で、もっとも重要な建造物はビルマ支配時代に築かれたこの木造の塔です。数えてみると8重の塔でした。でも、この国の国宝建造物とも言える塔の2階以上は飾り。建物内部に入り、天井や柱の装飾を仔細に眺めていると、塔の側面にはドアがついている。内部はどうなっているのだろうと興味がわいた僕は、近くに寺院の人がいないことを確認してドアノブを回して手前に引いた。すると、腐食していたらしく思いがけずドアの枠ごと倒れ込んできた。あわてて押し返して元通りはめ込んで事なきを得たが、冷や汗ものだった。

   
    広い境内を竹箒で清掃する修行僧たち。この寺院は、
         修行僧の数の多いのも特徴です。
             大砲?太鼓でした。

この寺院の中央に建つ高さ50メートルの仏塔は、モン族の王国時代に築かれたハリプンチャイ様式で、仏陀の爪と頭髪が納められていると言われている。その前の美しい形をした御堂はビルマ様式で、本堂はランナータイ様式で築かれています。つまり、この地で栄えた3つの王国の支配と文化が、いまでもこの寺院の中で共存し合って生きているのです。


 御堂跡なんでしょうか、崩れかけたまま保存されていました。 

 エメラルド仏をランパーンの地に導いたという
言い伝えのある白象のモニュメント。

現在、バンコクのワット・プラケオにあるエメラルド仏が、一時期、この寺院に納められていました。15世紀のランナータイ王国時代のことで、32年間、秘仏として大切に扱われていたそうですが、それにはこのような物語が伝えられています。


チェンライの寺院にあるエメラルド仏が霊験あらたかで、民衆の尊敬が集まっていると聞いたその当時の国王は、白象の背中に乗せてエメラルド仏を首都のチェンマイへ移そうとしました。しかし、ランパーンとの分岐点に差し掛かると、象はチェンマイに向かわずランパーン方向へ向かって行ってしまいます。



何度も、チェンマイへの道に誘おうとしても象は言うことを聞きません。ついに国王は、白象がランパーンに向かうのはエメラルド仏の意思だと判断し、白象の歩みのままにランパーンの地に向かわせ、そしてこの寺院に預けたそうです。その32年後に、やっと仏像は国王の思惑通りにチェンマイに運ばれ、ワット・チェディー・ルアンに納められました。


寺院内は不思議な静けさに包まれている。広い境内は、若い恋人たちのデートコースとして利用され、また市民の憩いの場ともなっている。小さな博物館もある。


2年ほど前、家族4人の他に近所の子供数名を連れて来たことがあるので、この寺院を訪れるのは今回で2度目です。前に来た時には、子供たちは広々とした境内でかくれんぼをしたり、小さな鐘を叩いたり、木の実を拾い集めたりして遊んでいた。そして、ハリプンチャイ様式のチェディーの裏側にある、白象がこの寺にエメラルド仏を運んできたという故事に因んで築かれた、コンクリート製のモニュメントを興味深そうに眺めていました。
  

  広い寺域の片隅に、ランナータイ様式の御堂とチェディー(仏塔)がひっそりと建っていました。御堂は壁の彫刻の見事な、立派な建物です。ビルマ支配からの解放後に建造されたと推定しても、200年以上経っていると思われます。以前は、この建物が本堂ではなかったのでしょうか。御堂内を覗いてみると、薄暗い内部はガラーンとしていて、仏像はおろか何一つありませんでした。


 ワット・シーロンムアン

   

ランパーン駅に行く途中にあるビルマ風の寺院。いまは移転したようですが、この前に以前あった倉庫のような小さな家具屋が安く、結構面白い物をいろいろと置いていました。妻と一緒に家具を買いに来て、この寺院を発見しました。


境内には、写真のようにアヒルがたくさんうろちょろしている。他には犬も数匹いましたが、仲良く寺院内で共存しているといった感じでした。


  ワット・バンドン


         朝日を受けて輝くチェディーと本堂。
ランパーン市内の寺院を巡っていて気づいたのだが、たいていの寺院が東向きに建てられている。だから、寺院巡りは絶対に朝が良い。


朝の清浄な光に照らされた本堂やチェディー(仏塔)が金色に輝く様子は見ごたえがあります。このワットは、ケーラン市民公園前に建っています。


  ワット・チェディー・サオラーン
 

   

2007年1月5日、子供たちが学校に行っている昼間、妻を誘って2人きりで、市の中心部から6、7キロ離れた郊外に建っているチェディー(仏塔)で有名な寺院に行ってきました。寺名のサオラーンは20基を意味していると妻が言うので、2人で右と左に別れて仏塔を数えてみると確かに20基ありました。


チェディーも本堂もランナータイ様式で築かれている。寺院の中央に整然と並んでいる黄金の冠を戴いた白亜のチェディーは、大きさも異なり、一つとして同じ形のものはなかった。このチェディー群は、歴代のランパーン国王の墓という説が有力なようです。


この寺院に、この近くのワット・クーカオ廃寺跡で1983年に発見された黄金仏が安置されているとガイドブックに書いてあったので、本堂の裏手にある博物館に展示されているものと思って行ってみたが見あたらない。受付けの若い僧に妻が聞くと、ここではなく本堂内にあるとのことでした。


本堂内の壁全体には仏画が描かれ、柱も天井も美しい彩色がなされている。本尊仏の右側に置かれている厨子の中には、高さ38センチの純金の仏像が納められていました。

 
              寺院の入口にて。
 
 入口脇のみやげ物屋では、機織りの実演を行なっています。

昨年はこの寺院を妻と2人で訪れたのだが、今回の2008年1月には子供たちと共に行きました。この寺院の入口にあるみやげ物屋では、時々機織りの様子を見せてくれます。長女のアイちゃんにねだられて、ピンク色の肩下げを150バーッ(450円)で購入。買い与えてもすぐに飽きてしまうのがいつものパターンだったのですが、娘はこの肩下げをすっかり気に入り、どこかに行く時には必ず持って出かけていました。

 
 ミュージアムの入口。
 

博物館内には、昔、この寺で使用していたらしい仏具や家具や民芸品、古いコインや昔の刀、紙幣などが整然と展示されています。


ところが、1階に下りて様相は一変。1階の展示室には古い自転車が10数台手入れをしていない汚れた状態で乱雑に並べられ、相当に古い型のテレビが片隅に20台ほど山積みにされていました。その他には大小の水牛の角や昆虫の標本、それにワニや鹿の剥製、それに、昔はこのあたりのジャングルにも棲息していたベンガル虎の毛皮も展示されています。館内には
関係ないような物まで雑然と置かれていて、博物館というよりも倉庫のようでした。子供たちは寺院にはあまり関心を示さなかったが、ミュージアムの展示品には興味しんしんでした。
 

   

ミュージアムから外に出ると、白装束の集団が笛太鼓の演奏付きで読経を唱えながら本堂の周囲を巡っていました。そのあと彼らは本堂内に入って行ったのですが、話を聞くと、半年ほど前に亡くなった身内の霊を呼び寄せるための儀式をこれから行なうとのことでした。入口に立って儀式の様子を眺めていると、そこは霊の通り道だからと注意を受けました。 


この寺院に行くには、裏道(田園の中の道)を通ると、わが家からバイクでゆっくり走っても5分以内で到着します。新しい発見でした。


  ワット・シーチュム

 
  ビルマ様式の御堂とチェディー。
 
本堂の建物もビルマ様式。
 
可愛らしい、実に凝った形をしたチェディーです。
 
この寺院の本尊仏。
 
本堂もチェディーも、おまけに寺域もとてもコンパクトなワット(寺院)です。このワットも妻と共に訪れたのだが、御堂内に安置されているビルマ風の顔立ちの仏像に抵抗があったらしく、敬虔な仏教徒の妻もここではひざまずいて礼拝しなかったと記憶している。 

 
 寺院の前には、10軒余の果物屋が軒を連ねている。
 
ワットの真向かいに建つ、「アンファーラー・モスク」

この寺院の正門の上部には、ラマ9世現国王と、国王の母親と兄の写真が掲げられている。現国王の兄はラマ8世。彼は21歳の若さで国王となったが、国王になった直後、バンコクの宮殿内で何者かに暗殺された。その時、現国王も右目に傷を負ったと言われている。


この寺院を訪ねる時は、正門前に建っている「アンファーラー・モスク」と、軒を連ねている果物屋が絶好の目印になります。
 


 ワット・チャイモンコーン
 

  ワットというよりも、西洋風のシャレた民家のような雰囲気を漂わせているが、ここも紛れもなく寺院です。だが、どこにも僧の姿は見あたらず、人の気配さえ感じられないため、廃寺ではないかと疑ったくらいです。さらに、寺域内に野良犬の多いことも、廃寺らしさを演出している。


寺院内部に深く立ち入ろうとしたら、数匹の野良犬が牙をむき、激しく吠え立てて威嚇する。やむなく、少し離れた位置からの写真撮影となった。


 ワット・ボンサヌック・ヌア

   

寺院の内部に寺院があるといった感じの、不思議な造りになっていました。寺院内部の寺院は一段高い位置に築かれていて、きらびやかな天上世界を表現しているようです。 


  ワット・ルアン・ポーカセム

   
ス・サンペット師の像

小さなワットだが、以前、ス・サンペットという名前の高名な僧が住職をしていたことで、ランパーンでは極めて有名な寺院。本堂前には高僧の巨大な像が建ち、道行く人々にやさしげな眼差しを送っている。


11年前、84歳で亡くなった高僧の亡骸は、ガラスの棺に納められて本堂内に安置されている。亡骸は黒ずんでいるが、少しも傷んでいないように見える。
 

 
      境内に、こんなに売店の多い寺院は他にはない。
 
ロットリー(宝くじ)も売られている。遠方から、
買いにくる人もいるという。

連日、高僧の徳にあやかろうと、多くの参拝客が訪れている。高僧の姿を形取った置物や、生前の写真を販売する小さな店が軒を連ねている。それに宝くじ売りの店もある。高僧のいた寺ということでご利益を期待して、わざわざここまで買いに来る宝くじファンもいるという。個人で宝くじを売っている連中も数名いて、しつこく参拝客に付きまとっている。


寺院の場所は、ランナータイ王国時代に築かれた城壁のすぐ外側。この寺は、日本から持参したガイドブックには紹介されていないが、現世利益を願う地元の人々にとっては最も価値のある寺院なのです。妻もス・サンペット師のファンの1人で、わが家の居間にも師の生前の写真が飾ってある。ス・サンペット師の命日の1月15日には、各地から信者が訪れ、盛大に催し物が行なわれる。
 

  本堂裏の大樹の下で、座禅を組んでいる1人の僧の姿があった。その姿は堂々としている。財布の中から紙幣を1枚抜き出してお布施をすると、お経を唱えてくれ、そのあと僕の右手首に細い糸を巻いてくれた。旅の僧なのだろう、僧の横にはテントが張られている。


「夜は、ここで寝ているのですか?」と問うと、彼は照れ笑いを浮かべて大きくうなずいた。前住職の名声という遺産にすがって肥え太っているこの寺の僧たちより、よほど徳の高い僧のように思えた。
 


   ワット・パトゥーポーン
 

 
          門も塀も、相当に古いものです。

本堂は小さいが、ランナータイ建築の代表作のひとつ。 

パーマイ通りにひっそりと建つ歴史ある寺院。ティーティー&ティー・ゲストハウスはこの寺院の近く。 


   ワット・パルーワ
 

   

パホンヨーティン通りに建つ寺院。刑務所のすぐ近く。本堂は、新築されたばかりの美しい建物です。この寺院には、妻の出身の村の若者が修行僧として入るというので、2年ほど前、村の連中と共にお祝いに来たことがあります。タイの男子は、必ず一生に一度だけでも仏門に入り、修行することが義務付けられているのです。


チェディーは修理中のようで足場が組まれていました。チェディーの高さは20メートル以上あるのに、上のほうでは足場が見事に歪んでいました。こんな足場でも、タイ人の労働者は足元はズック靴でヘルメットもかぶらずに平気で上っていき、作業を行ないます。チェディーの横に少しだけ見えている御堂は、ビルマ支配時代に築かれた遺物のようです。
 

   

夕暮れ時近くの境内では、子供たちがバレーボールや追いかけっこをして遊んでいた。建物の写真を数枚撮ったあと、近くにいた女の子たちにこの寺院の名前を聞き手帳に書き込んでいると、僕の手元を覗き込んでいた1人が、「ワー、見たことのない字で書いてる〜!」と叫んだ。それを合図にしたように遊んでいた子供らが近寄って来て、その後の成り行きで全員を並べての撮影会となった。写真を撮る瞬間には、うちの子供とそっくり同じポーズを取っていました。 


   ワット・チェンライ
 

 
ここの本尊は、本当に美しい顔立ちをしています。

 
髪を洗っている女性の像。
時計塔近くのワット。朝早くに訪ねると、本堂内には静かな音楽が流れ、数名の年配者が壁際のソファーに座って音楽を聴きながらくつろいでいました。昼間、このワットの境内では、プラ・クルアンと呼ばれる首に下げる小さな仏像や古いコインが売買されています。


左側の髪を洗っている女性の像は、この町の多くの寺院で見かけることができます。どのような言い伝えがあるのか、こんど調べておきます。


   ワット・プラチャオ・タンチャイ
 

 
わが家のすぐ近くの寺院。 この寺院の池でナマズがたくさん飼われていて、餌を池に投げ込むとあっという間に数10匹が集まり、水音を立てて勢いよく喰いついてきます。


本堂前に建つビルマ様式の塔。築かれて、300年以上経っています。ビルマ様式なのだが、どことなく日本の五重塔に似ていて、とても親近感を覚えました。
 

 
塔の前には民具がたくさん並べられている。
 
5重の塔の1階壁面に彫られている天女の像

ビルマ軍はアユタヤから撤退する時に、アユタヤの町や王宮、寺院の多くを焼き払ったそうですが、タイ人はビルマ人の残した建造物を人類の遺産として、とても大切に扱っています。

 

五重塔わきに展示されている足踏み式の脱穀機。10年余り前まで、この付近の農家で使用されていたそうです。展示している建物の屋根はかや草で葺かれていて、実に趣があります。


寺院の裏側は深い森になっていて、その中に修行僧の簡素な住まいが数棟建っている。
 


   ワット・チェータワン
 

 
2008年1月1日の朝日です。
刑務所の裏側に位置している。この寺院には、1月1日の朝に訪れました。タイでは新しい年の朝、人々は魚を川に逃がし、鳥を空に放って来世のために功徳を積むのです。


この寺院の境内では、仏像に長いあいだ祈りを捧げている人の姿が目についた。樹木の根元にひざまずき、ゆっくりと時間をかけて水をやっている人の姿も見られた。


   ワット・パーファン
 

 

 
ビルマ様式の美しい建物が通りからもよく見える。
 

この寺院のチェディーが新しいものか古いものか、そんなことはどうでも良くなった。寺院内に足を踏み入れて、最初にこのチェディーを目にした時の感動をどう伝えようか。とにかく、こんな美しいチェディーを見たのは初めてだったのだ。


まだまだランパーン市内には魅力的な寺院はたくさんあると思うが、このワットを最後に、今回のこの町でのワット巡りを締めくくろうと考えた。これ以後、いくら寺院巡りをしても、これほど素晴らしい建造物には出会えないだろうと思えたからだ。このワットはランパーン病院の近く。DKブックセンターの隣に建っています。
 



                                                          2008年2月2日 更新