古式マッサージ店 


 キム・シティーホテル裏のマッサージ店
               市内地図

  4年ほど前、妻と喧嘩して家を飛び出し、その時に一度だけこの店に入ったことがある。普通ならどこか飲める店に入るのが常識的なのだろうが、僕はアルコール類が苦手なのでこのような店に入ったのだ。


若い子か陽気な女性がつけば盛り上がったのだろうが、その時に相手をしてくれたのは、ちょっと暗い感じの年配の女性。黙々とマッサージしていました。


1時間120バーッ(360円)。ランパーン市内のマッサージ店は、だいたいこの値段のようです。2時間のマッサージのあと、どこに行ったかと言えば、まっすぐ家に帰りました。
 

 エイシア・ランパーン・ホテル近くの店
 

   
 暇を持て余している、ちょっと年のいったマッサージ嬢たち。

昼過ぎに旧市街地を1人で歩いていると、いきなり声をかけられました。ここがバンコクかチェンマイあたりなら日本語で、「あなたー、マッサージ!」とか何とか甲高い声か、あるいは色っぽい声で呼び止られるところでしょうが、ここがランパーンだったためタイ語でした。


場所はボンヤーワット通り。2軒東隣に、エイシア・ランパーンホテルがある。それから、このマッサージ屋の2軒西隣には日本料理店の「カブキ」があるが、こちらのほうはいつまで店が存続するかわからない状態なので目印にならないかも・・・・。
 

 農家風マッサージ店
 

わが家の近く。入口に英語表記などなく、観光客や旅行者にまったく縁のないマッサージ店。


農家をちょっとだけ改造し、ほとんどそのままで使用していますといった感じで、昼過ぎから夕方頃にかけてはいつも、前庭に5、6台の車が停車しているような人気店です。


ここも、2年前に1度だけ利用したことがある。高床式の吹き抜けの建物の中で、7、8名が一列に並んで寝転び、マッサージを受けるようになっている。
 
 

行った日は暑い日でしたがエアコン設備などなく、扇風機の風を受けながらマッサージを受けました。その時の客は、中年の男女半々といったところ。僕の相手をしてくれたのは、40歳代の色黒のしなびたナスビのような顔をした小柄な女性でした。聞くと、この近くの農家の主婦とのこと。畑仕事の合間にここに通っているのでしょうか。身体は小柄だが、思いのほか大きな指で力強くマッサージしてくれました。1時間100バーッ(300円)。 

 刑務所内のマッサージ店
  

 
入口右側に守衛所が建っているが、その背後の
黒い屋根の建物がマッサージ所。
 

ここも、拳銃撃ちに連れて行ってくれた警察官のルンルーンが案内してくれた。タイのマッサージの発祥の地は、バンコクの有名寺院のワット・ポーだと言われていて、現在でもワット・ポーの境内ではマッサージが行われている。どちらかと言えば風俗に属するマッサージが、寺院の中で堂々と行われるなど日本の常識ではちょっと考えられないが、今回訪れたマッサージ屋はもっと風変わりな場所にあった。ルンルーンと共に訪れたマッサージ屋は刑務所の中にあったのだ。


昨年の2月に、「北部の町ランパーンでの快適ライフ!」をアップしてもっとも反響を呼んだのが、この「刑務所内のマッサージ店」でした。多くの方から行って来ました、というメールをいただくと同時に、数名の方から、捜したが、どうしても刑務所を見つけることができず、とうとういけませんでした、というメールも頂戴しました。


だから今回は、これから訪問される人のために、刑務所までの道順を詳しく記すことにしました
 

 
カレッジは交差点わきに建っている。
 
クルンタイ銀行の建物。

ランパーン病院の交差点からの道順の紹介となります(その場所は、市内地図で確認してください)。この交差点からクック(刑務所)の入口まで約400メートル。


中央分離帯のある広い通りが「パホンヨーティン通り」です。この通りの左側の舗道を東方向に徒歩で進みます。右手にランパーン病院の建物と共に、カレッジの4階建ての建物が見えます。昼過ぎには、このカレッジに学ぶ女子学生の姿がこの周辺のいたる所で目にすることができます。通りの左側には、女子学生の好みそうな店が4、5軒並んでいる。


賑やかな通りを進んでいると、やがて左手にセブンイレブンが見えてくる。ここまで来れば、目的地の約半分は来たことになります。そのあとすぐに、やはり左手に「クルンタイ銀行」の建物が現れ、そのまま進んでいると刑務所の塀(高い塀ではない。ごく普通の高さの塀だが、囚人の更正の様子が描かれている)が見えてきて、すぐに守衛所のある入口に差し掛かります。守衛に一言、「マッサージ!(タイ語でヌワット)」と断り、うなずいたのを確認して中に入ります。入口を入ってすぐ右手の建物がマッサージ所です。
 

 
 
「ランパーン中央刑務所」の文字が・・・・。

チェンマイ刑務所もチェンマイ市内の中心部に位置しているが、ランパーン刑務所も町のほぼ中心部にある。マッサージ料金は1時間80バーッ(240円)。ランパーン市内のマッサージ店は1時間120バーッ(360円)が平均だから、それから比較すると超格安料金だ。営業時間は場所柄、朝の8時半から夕方の4時半まで。


警察官のルンルーンに案内されて最初に行ったのが、1年前の2007年1月3日のことでした。ここでは、最近流行のフット・マッサージを専門に行なっているが、頼めば顔や腕のマッサージもしてくれます。清潔な室内には5名のマッサージ師がいる。どの女性も明るく陽気で、とても罪を犯して刑務所(クック)暮らしをしているようには見えないが、ここに居る5名全員が、ヤーマーという覚せい剤がらみの罪で服役していた。夕方の5時になると彼女らは塀の中に戻り、受刑者としての規律の中で生活している。大部屋に30人から40人で寝ているという。


「マッサージの仕事が休みの日には何をしているの?」と僕が聞くと、「休みなんてないわよ。ここは年中無休。休息できるのは、病気したときだけ!」と、ルンルーンの足をマッサージしていた若いラックが言った。「それは大変だ。疲れない?」「疲れるけど、ここに居たほうが気持ちが休まるから・・・・」と雄弁なラック。



その日からこのマッサージ所に、彼女たちが食べたいと希望していた甘いお菓子を持参して、1日置きに通った。お菓子類の差し入れは自由みたいで、検査されることもなかった。僕が彼女たちの知る限りの、最初の日本人客なのだそうだ。マッサージを施してくれるのは、いつも最年長者のアンポーン(42歳)だった。彼女は力が強く、そしてツボを良く心得ているのだろう、マッサージを受けていると眠くなるほど気持ちよかった。


ラック、アンポーンの他に3名の女性がいた。ここに入っている間に、20年間連れ添った亭主が家に他の女を入れたと、いつも嘆いていた30歳代後半のソンピン。彼女と同年代のチュラーは、あまり感情をあらわにしないボイッシュなタイプの女性。それに、日本人は嘘をつかないから大好きと言っていた、25歳の人懐っこく美人のサイナティー。アンポーンは、シャツの胸にいつも年頃の娘さんの写真を入れていて、時々僕に見せては自慢していた。


帰国当日の朝には、ここに妻を連れて行った。妻はマッサージを受けるのはまったくの未経験。最初は見ているだけと言って尻込みしていたが、結局揉んでもらうことになった。女性客が多いので、その気になったのだろうと思う。ここにはなぜか女性客が多い。マッサージ室は一部屋しかないので、当然男女並んでマッサージを受けることになる。
 

 
刑務所は住宅に囲まれているが、一部裏側だけ住宅との間に細い道が走っていた。

 

今回、2007年12月20日、1年ぶりにランパーンの家族の元に帰り、その3日後にマッサージを受けに出かけたのだが、守衛所の係官に、「マッサージ所は現在やっていない。誰もいない・・・・」と告げられ、事情のよくわからないまま家に引き返した。すぐに友人のルンルーンに閉鎖されていることを告げると、ルンルーンは閉鎖となった経緯を調べてくれた。


それによると、マッサージ所で働いていた女性ら5人は、12月5日の国王80歳の誕生日の恩赦で全員が出所したとのことだった。アンポーンやサイナティーに会うのを楽しみにしていた僕個人としてはちょっと残念だが、彼女たちの念願だった出所が早まって本当に良かったと思います。そのあと、別の服役者5名が新たにマッサージ所で働くことになったが、当然技量不足で、現在外部からマッサージのプロを招いて特訓中なのだとか。


その後、2008年の1月2日か、3日に再開されるという情報が入り楽しみにしていたが、1月2日に国王の実の姉君が他界し、国を挙げて喪に服するなか、当然のように再開の話は消滅してしまった。僕の帰国(1月13日)の直前に、再開したらしいという話を耳にしたが、帰国直前ということでいろいろと忙しく結局行けなかった。この次にランパーンに帰った時には、もちろん真っ先に行ってみようと考えている。


ランパーン市内には、まだまだ多くの古式マッサージ店があると思うのですが、現段階で僕の知っている店はこれだけです。「温泉」のコーナーで紹介している、「チェーソン温泉」のマッサージ場と、「ポンローン温泉」のマッサージ場がありますが、両方とも郊外に位置しています。
 

 
チェーソン温泉のマッサージ場。
 
ポンローン温泉のマッサージ場。

 

2008年12月25日、2年ぶりに刑務所内のマッサージに行ってきました。料金は1時間80バーッ(240円)と以前と変わらなかったのですが、マッサージ師のメンバーはすべて変わっていて、当然知った顔は1人もいませんでした。


マッサージをしてくれたエッという名前の女性(40歳前後)に、アンポンの消息を聞いてみると、彼女は生まれ故郷のカンペーンペッという町でマッサージの職に就いているとのことでした。カンペーンペッは、タークの更に南側に位置しています。念のためサイナティーのことを聞いてみると、彼女のこともよく知っていて、サイナティーはチェンマイで商売をしていると教えてくれました。彼女がチェンマイのどこに住んでいて、どのような商売をしているか聞かなかったのですが、聞けば教えてくれそうに思えるほどこのエッという女性は特別情報に通じている印象を受けました。


ここで働いているマッサージ師は、以前と同じ5名。エッが最年長者で、他は20歳代の若い娘たちです。エッのマッサージはアンポン同様に眠たくなるほど気持ちよく、どのくらいの経験を積んでいるのか聞いてみると、8ヵ月という返事が戻ってきました。彼女は年明けそうそうの、1月5日の出所が決まっていて、再度ここに戻って来る生活とは決別しなければと、言葉少なに決意と感想を漏らしていました。


彼女がどのくらいの刑期を勤め上げたのか聞かなかったのですが、2年前に出所したアンポンやサイナティーのことをよく知っているようなので、少なくとも2年以上は居たことになります。僕には、マッサージが彼女の天職のように思えたので、ここを出た後マッサージの仕事に就くのかと聞くと大きく首を振って、何か別の商売をするつもりだと語っていました。


下の写真の女性は、マッサージ所で会計の仕事をしていました。名前を聞くと、はみかみながらアピッワンと教えてくれました。上品な顔立ちをしたこの女性は受刑者ではなく、この刑務所の職員のようでした。
 

 
この椅子に座ってマッサージを受けます。
 
マッサージ所の会計係りの女性。




                                                         2009年1月9日  更新


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2010年4月20日から、帰国のためにバンコクに向かう28日まで数回通ったのですが、メンバーは全員が変わっていました。前回に行ったのは前年の10月。その時に働いていた女の子もいませんでした。入れ替わりの激しいのが、このマッサージ所の特徴です。それから、以前は年中無休だったのに、昨年の10月に行った時から土・日曜日は完全休養日になっていました。それに、女の子の写真を撮るのは許可されていたのに、やはり昨年の10月から禁止となったようでした。このマッサージ所の詳しいことは、「タイよもやま話」に書かれていますので、どうぞ。



                                                          2010年6月15日 更新